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『サイドカーに犬』 〜問いかける 大人の責任とは〜

謎の女「ヨーコさん」

薫は、両親と弟の家族4人で東京都国立市のアパートに暮らす小学4年の女の子。ある日突然、母親が家出してしまう。  数日するとヨーコという女が家に出入りするようになる。ソフトソバージュヘアーを風になびかせ、ドロップハンドルの自転車を颯爽(さっそう)と乗りこなすヨーコさんは、美人なのに気取ったところがなく、コーラを飲んで平気でゲップをするような、ちょっと下品で気さくな女性。  中古自動車販売業をやっている父が何やらトラブルを起こしたのか、部屋に押しかけてきた友人から目の前で殴られる。ショックを受けていると、ヨーコさんが「百恵ちゃんの家を見にいこうか」と部屋を連れ出してくれた。ちなみに三浦友和と結婚した山口百恵が当時、国立市に家を新築して話題になっていた。  ヨーコさんと父は愛し合っていたのかもしれないが、底抜けに明るいヨーコさんが涙を見せた。そして父にもらった当たり馬券を換金し、私の夏休みに海に連れて行ってくれる。こんなに楽しい夏を過ごしたことはなかった。そしてヨーコさんは……。

原作は長嶋有

原作は長嶋有の同名小説で、30歳を迎えた独身OLが小学4年の特別な夏を回想して物語が進行していく時代は1980年代初頭。テレビゲームのパックマン、麦チョコ、ノーパン喫茶、三浦百恵などが時代のキーワードとして出てくる。販売している中古車もそうだ。  監督は根岸吉太郎。昨年「雪に願うこと」で映画賞を総ナメにして健在ぶりを示したが、その存在を世に知らしめたのは弱冠30歳でブルーリボン映画賞監督賞を受賞した81年の「遠雷」によってだった。根岸監督が自身にとっても忘れられない時代を描いてることが、ファンとして興味深かった。

竹内、古田、椎名が好演

ヨーコを演じた竹内結子は、結婚・出産による1年半のブランクを経てのカムバック作。撮影時は離婚トラブルの渦中にあっただけに、従来のイメージを払しょくするには絶好だったのかもしれない。ハスッパな中に細やかな優しさを持つ女性を好演している。父親役は古田新太。本来なら怪し気な友人役の椎名桔平と役柄が逆になると思われるが、プライドはあるが気弱な男がピッタリだった。これぞキャスティングの妙!

胸に迫る松本花奈

そして特筆すべきは少女時代の薫を演じた松本花奈。98年生まれだから、撮影時は8歳。家出をする母親が子供たちの前で父親への不満や悪口を言う場面がある。映画では描かれていないが、子供の前での夫婦喧嘩はしょっちゅうだったのだろう。そんな両親を見て育った薫は、大人の顔色をうかがい、喜怒哀楽をあまり表情に表わさない女の子になったのだと想像できる。そんな彼女だからこそ、ヨーコの計らいによって、かつて目撃した「サイドカーの犬」の気分を味わえた時に見せる無邪気な笑顔は光り輝くし、観るものの心を熱くする。松本花奈は薫そのものだった。子供が無邪気に笑い、遊び、歌うーーこんな当たり前の環境を与えるのが大人の役目ということを、松本花奈演じる薫は気づかせてくれる。

敬称略