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ベテラン監督活躍 〜輝き放つ映画への情熱〜


監督市川崑 (別冊太陽)

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大不況と重税で、失業者があふれ、庶民の生活は困窮を極めていた。何やら、現在と重なるようだが、時代は天保末期のこと。

ある貧乏長屋で、五人の子供を女手一つで育てあげたおかつとその家族が貧しいながらも快活に暮らしていた。長屋の角の呑み屋で常連四人組が、「おかつ一家が、近所付き合いも腹いっぱい食べることも犠牲にして、家族総出で働き金を貯めこんでいる」と噂話。それを聞きつけた若い盗っ人が、夜中におかつの家に忍び込むと、夜なべ仕事をしていたおかつとはち合わせ。

居直り、すごむ盗っ人だったが、肝のすわったおかつは微動だにしない。噂は本当で、おかつ一家はある目的のために、まとまった金を蓄えていた。その理由を聞かされた盗っ人は、逆におかつ一家の一員に加えてもらい、働き口まで世話してもらうのだった…。

現在、公開中の「かあちゃん」は、山本周五郎原作で、古典落語の人情噺(ばなし)を思わせるもの。これを演出・映画化したのは、11月20日で86歳になる市川崑。脚本は、18年前に亡くなった市川監督の愛妻・和田夏十と、竹山洋。市川夫妻は、この原作をすでに43年前に脚本化して、若手監督に提供。「江戸は青空」(1958)というタイトルで公開されたが、満足なできとは言えず、「いつか必ず二人で映画化しよう」と温めていた企画だった。

物質的には豊かになったが、人の心が渇き、すさみ、殺伐とした事件が頻出する昨今。親が子を殺し、子が親を殺すような今だからこそ、世に送り出したかった作品だったのではないか。大上段にメッセージを振りかざすようなことはせず、市川らしい洒脱(しゃだつ)さと粋(いき)でニヤッと笑わせ、そして心をあったかくして潤わせてくれる、そんな映画。

日本人離れした美貌(びぼう)と気品で、往年のハリウッド女優のようなイメージの岸恵子がおかつ役と知り、ミスキャストと危惧(きぐ)していたが、見事に“日本のかあちゃん”を演じ切ってくれた。あっぱれ。

この市川崑は、昨年も「新選組」「どら平太」を世に送り出したばかりなのだが、最近、ベテラン監督たちが元気なのが目につく。新作「赤い橋の下のぬるい水」を公開中の、今村昌平は75歳。人間の飽くなき欲求を追求する姿勢は、衰えを知らない。「うなぎ」(1997年)「カンゾー先生」(1998年)と4年間で3本発表。そして、78歳の鈴木清順は、8年ぶりの「ピストル・オペラ」。ちなみに、脚本は、最近の「ガメラ」シリーズなどを手がけた上山市出身の伊藤和典

89歳の新藤兼人は、昨年「三文役者」を監督し、今年は「大河の一滴」の脚本を担当。深作欣二(71)は、昨年、大ヒットさせた「バトル・ロワイヤル」を監督、今年はプレイステーションのゲームソフトを手がけている。黒木和雄(71)も昨年、10年ぶりに「スリ」を発表し、原田芳雄に主演賞を獲(と)らせたと思ったら、今年も「KIRISHIMA1945」を製作中。熊井啓(71)は、今年「日本の黒い夏―冤罪」を発表し、すぐに黒澤明の遺稿脚本「海は見ていた」という時代劇を撮影中。篠田正浩(70)は「スパイ・ゾルゲ」に来年1月から撮入。

そして恩地日出夫(68)が、いよいよ来年1月から飯豊町・川西町を主なロケ地として「蕨野行」にクランクイン。このほかにも、斎藤耕一(72)・山田洋次(70)らが、続々と県内で撮影予定という嬉しい情報が飛び込む。

世間では“おじいちゃん”と呼ばれる年齢の彼らが、映画への情熱を失うことなく作り続けるのは嬉しい限り。あとは、この世代の人たちが映画館に足を運んでくれれば言うことなし。映画の楽しみ方を最も知っている人たちなのだから。

2001年11月16日 (敬称略)